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悪食 - 悪魔の証明

「チーズフォンデュは悪魔の食べ物だ」

トンデモな主張をして来たのは、知り合いのムラカミだった。

ワキガの味がしてカレーパンは食べれないという女に出会ったことはあったが、悪魔の食べ物とはこれいかに。

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の信者ならまだしも、キリスト教徒でもない男が口にした言葉に戸惑う。

ムラカミはフッ、と笑って、

「って、言うんだよ」

当時、4歳になったばかりの自分の娘を指差した。

どうやら家族で夕飯を囲んだとき、生まれて初めて見るチーズフォンデュにムラカミの娘がそんなことを言い出したらしかった。

それまではしゃいでいたのにその嫌がり方は尋常ならざるものだったらしく、

「そんなの食べたらダメなんだよー」

曇った表情でそう言い出したことに始まり、ついには「悪魔」と口にし出したという。

最初、ムラカミはチーズフォンデュが怖いのだと思った。見たことがないものだから、実際に食べればすぐに機嫌を直すだろうと。

「おかしなこと言うだろ? 下の子は全然平気なのにさ」

それもそうだが、晩飯にチーズフォンデュなるものが出てくるのが怖い。

僕のフォンデュデビューなど、ゆうに二十歳を超えていた。確かに怖かった。食べ方が分からず、なにをどうしていいやら……うん悪魔の食べ物だ。

グツグツ煮えたぎるドロドロの見た目も悪魔っぽい。下層階級では、まず夕飯としての選択肢にない選民意識的な部分も悪魔だ。正しく悪魔。

「一人だけ飯の机から離れてさ、近づこうともしねえの。ずーっと突っ立ってるからいい加減腹立ってきてさ」

初めは「ほら、パパ怒ってるよー」なんて笑っていたムラカミの奥さんも終いには語気を荒げたという。

ついには娘がギャン泣きし始め、奥さんはブチ切れモード全開に。経産婦でない女性とか男がドン引きするアレ。

最後はムラカミが止める始末だったという。

「それから家でチーズフォンデュなくなったんだよ。俺、好きなのに」

ムラカミは意地の悪い顔でチラリ、娘を見やった。

娘はといえば、よく分からないのか聞こえないフリを決め込んでいるようだった。

ーーチーズフォンデュ嫌いなの?

どことなく気になってムラカミの娘ーースズカちゃんに聞いた。

こういうとき、子供は"自分にとってよくないことが言われている"ことは分かるから、少し気を揉んだ部分があったのかもしれない。

彼女は、どこか不機嫌そうに手遊びをしながら押し黙った。多分、よく知らない大人に急に話しかけられた緊張の方が大きかったのだろう。

「あー、ダメだよ。そいつあれからチーズフォンデュのことになるとなにも言わねえんだよ」

言ったムラカミを無視して、

ーー誰かに食べちゃダメって言われたの?

うつむいているスズカちゃんを覗き込んだ。

不思議だったのだ。女の子は男に比べて成長が早い。

それにスズカちゃんは僕が見て来た限り、かなり賢い子で理由なく癇癪を起こすような子ではない。

なにより「悪魔」と言う単語だけならまだしも、食べ物を指して使うなど、アニメやなんかの影響にしてもだ……

ーースズカちゃんは賢いね

「うん」

スズカちゃんはこちらを見ずにうなづいた。

ーーチーズフォンデュは、なんで悪魔の食べ物なの?

また、彼女はなにも答えてくれなくなった。

ーー天使の食べ物は?

「知らない」

4歳の女の子の鼻の下にはナメクジが張ったあとがあった。季節の変わり目で風邪気味だったのだろう。ご機嫌ナナメのはそのせいもあるかもしれない。

子供の渇いた鼻水は天使のおやつと、わけの分からない考えが浮かんで少し笑いそうになる。

ーースズカちゃん大人だね

「子供だよ。見れば分かるでしょ」

ーー戦慄が走った。言葉に詰まった。

なぜ、「大人だねー」なんて自分がほざいたのかも意味不明なれば、ついに4歳児にまでキレられるこの不甲斐なさ……

つ、冷たい。大人の女に等しく冷たい……ッ!

いやさ、子供は子供を演じていることがあるにせよ、女の子は物心ついたときから女の子の皮を被った女なのか! っという衝撃がーー

「悪魔だから」

ーーえ?

「……悪魔が食べるから悪魔のなの」

ーー悪魔、いるの?

スズカちゃんは黙ってうなづいた。それから僕を見て、

ーー悪魔はどこ?

そう聞いた僕より早く、僕の後ろを指差した。

振り返るとムラカミの奥さん、スズカちゃんのママが台所で忙しくしている背中があった。

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