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裏切 - 一時の熱、一生の怨

寝ても覚めてもそのことばかり。

あぁ、愛し狂おしきかな、あの薄桃色のアホ面……

街中で偶然目にしたウーパールーパーちゃんに一目惚れして悩んでいた時期があった。

世話が追いつくだろうか、成長したらえげつないだろうかーーフリーター時代、同僚だったクロサキさんに色々話していたらこんなことを言われた。

「うちの息子ウーパールーパーにそっくりな顔してるんだよ。魚顔丸出し」

そう笑っていたクロサキさんが、急に入院したのはそれからすぐのことだった。



落ち着いたころ、一人でお見舞いに訪れた僕はこれと言った話の持ち合わせがなかった。

「祟りかなぁ……」

大病するにはまだ若く、いつもハツラツとしていた人も影を落として物悲しい。

僕には、クロサキさんが祟られるような人に見えなかった。まあ、人間どこでなにしてるかは分からない。

いわれはなくて、怨まれることなく、羨まれることなくやるには人間無理がある。

ふと、僕の兄が抱える難病が祟りによるものだと言われたことがある話を思い出した。

ーーうちの兄の病気ね。母が身重の時分に田んぼの水を引いて、鯉を死なせてしまった祟りらしいですよ

僕的には単純になんでもかんでも祟りだなんだと言うのはよろしくないよ、ということが伝えたかったのだがクロサキさんの顔が目に見えて驚きの表情に包まれる。

「やっぱり旦那の祟りかなぁ……」


クロサキさんの旦那さんは山奥の出で、15才まで野山に囲まれて育ったそうな。

中学生ぐらいになると遠く離れた学校帰りのついで、山で山菜を摘んで帰るように命じられていた。

下世話な話で申し訳ないが、旦那さんは山菜を摘むさらにそのついで、山で一人耽ってを爽快に帰宅していたそうな。

大自然をオカズにナニするなど、なんたる大陸的発想。ボーダレスな感性。かなり開放的な神々への挑戦だ。

そんな日々のあるときからだ。妙齢の女が夢枕に立つようになった。

緑色した斑模様の和服を着た女は、決まって少し距離の離れたところへ立っている。

全体像が掴める。それでも表情がうかがえる。近いような、遠いような……

頭に湾曲した二本の大きな角が生えた女は、受け口気味な下顎から頬まで届く長い牙を生やし、憤怒の様相を呈している。般若の面をつけているかのように思えた。

旦那さんは直感的に分かったという。

「山の神さんが怒ーとる」

そう思って、そう気づいて。それでも旦那さんは不埒な行いを止めなかった。

理由は一つ。

男子中学生は、下半身に住み着く魔物に支配されているから。

否、

"また、夢で会えるかもしれないから"

旦那さんの生まれ育った環境は、当時でさえ過疎化した集落。ほとんどが腰の曲がったジジババばかりで、同級生もほぼいなかった。

中学生を学年に関係なく一つでまとめられて、20人に満たない程度だったそうだ。

女の子も今みたいにメイクして着飾った垢抜けた子はいない。天然太眉に男顔負けのたくましい腕、真っ黒に日焼けした芋臭い子ばかり。

鬼が出て蛇が出て関係なかった。鬼ならパンツを剥いてやればいい。蛇なら振り回して遊べばいい……

寝ても覚めてもそのことばかり。

あぁ、愛し狂おしきかな、鬼のお姉さん。

気づけば毎日。夢で会いたさ一心で山で行為におよんだ。

夢に現れる日も、現れない日もあった。現れた翌朝も、現れなかった翌朝も腑抜けたように学校へ行った。

ただ、現れて……少し遠くに見えるだけ。満足はしていなかった。けれど、充分とも言えた。



ーー日が経つにつれて変化が現れ始める。

女の表情が柔らかく、優しくなっていったというのだ。

どうだろう、僕は実際の体験者でないので分かりかねるが、可愛さ半分、仕方なし受け入れる母性みたいなものか。

それから少し経ってある日、旦那さんは山に入ることを禁じられたという。

理由は分からなかった。けれど、学校帰りに寄り道して山菜を摘む労要らずして飯が食えるというのでとりあえずは喜んだ。

"あのお姉さんに会えなくなるかも知れない"
そんな一抹の不安もあったが、そこからしばらくは変わらず夢で会えた。

ところがそんな日々が続くと、また変化がおとずれる。

女の表情が険しく、憤慨した表情に戻っていったのだという。

人間おかしなもので最初どれだけ怒っていようが平気だったにも関わらず、一度優しさを投げかけたものが再び怒り出すと耐えられない。

旦那さんは急いで山へ向かった。

山に入ったことを厳しく咎められようとも、その日の晩にお姉さんが笑ってくれているだけで満たされる。

懲罰で晩飯を抜かれたせいで満たされない腹を抱え、中々寝つけずそれでも夢の世界へいった。

"山に食われる"

人目を忍んで山へ出入りしていることが明るみになり、旦那さんは中学卒業を待って遠い親戚のいる地へ預けられた。



ふと病室の入り口に気配を感じて目をやると、男性と子供の姿が見えた。

クロサキさんの話に聞き入っていて、存在に気づいていなかった。旦那さんと子供さんだった。

「わざわざ、どうもありがとう」

旦那さんのそんな言葉にこれ以上邪魔してなんだと、僕は腰を上げた。

「うんとね、うんとね」

まだ小さい、クロサキさんのお子さんの声が背にかかる。ママに会えて嬉しいのだろう。

「うんとれ、うんとれ」

無邪気な舌足らずが、繰り返す言葉に少し……少しだけ不安を覚えた。

「めとれ」

そう聞こえて仕方がなかった。

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