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栄遮 - 百聞は一見にしかず

学校、職場、施設……どんな場所でも多かれ、少なかれ霊的な噂というのは立つ。

色鮮やかに盛られ、尾ひれまでつくと相応のおどろおどろしいものとなるが、たいがいの場合において酒の肴で終わり。

だが、それが原因で現実的な被害が出れば正直、困ったことになる。



ことの始まりは、入って間もない新人さんが「腕を怪我したからしばらく休ませて欲しい」と連絡してきたことに端を発する。

正直なところ、辞めたいんだろうなあと思っていた。

当時、僕が勤めていたのはパチンコ屋で、客層のひどいのはもちろん、新人に対する当たりも少々強い店だった。

女同士の争いも、社員のセクハラも、性別問わないイジメも常習化しているような世界だから、人が続かなくて当たり前。

人の入れ替わりも激しいので、さして気にもしていなかった。

「トイレに入りたくない」

突き詰めて行くと、件の新人さんが怪我を建前に辞めようとした本当の理由はそこにあった。

確かに、パチンコ屋のトイレなどあまりいいものではない。

アレな行為や負けた客のアレが腹いせに壁に塗りたくってあったりで、結構、悲惨なことになっていることがある。トラウマ必至。

が、その新人さんいわく「出る」から嫌だ……と。
まあ、その店は「玉は出ないが、アレはよく出る」と評判だった。

首をくくった人間が一人や二人いてもおかしかなかろう、そこまで気にはしていなかったが、皆一様に「あそこは出るよ」という。

僕は職場であまり用を足さないので、清掃時以外にその店のトイレへ近づくことはなかった。が、近づくのを本気で嫌がる人間もいた。

トイレが原因で辞めていく人間も、実はそれなりにいたようだ。

そんな話を耳にしても僕は普段やたらと綺麗なそのトイレを見て、つゆほどもそんな噂を信じることはなかった。



いつものように店内に散らばる玉をポッケにナイナイしていたある日。タバコに交換して外に出ようとしたときだ。

「トイレ~」

3、4歳ぐらいだろうか。小さな男の子がパタパタと駆け寄ってきた。

うしろから母親と思しき女性もついてきている。

途端、ピタリと男の子はその足を止めた。

トイレの入り口を目の前にして、突然声を上げてア~、ア~泣き出すと止まらなくなった。

濁点をつけたような、それでいて子供特有の甲高い鳴き声はうるさい店内に混じり合ってそれでも映えた。

景品交換のカウンターにいた同僚も気にしている。

いつしか嗚咽も挟むようになって、ただごとではない様子だった。

「どうしたん? アンタ? え、なに?」

母親(おそらくは)が男の子の目線に合わせて膝をつき、手を握るが、その子は一向に泣き止まない。理由も口にしない。

困ったように鼻息を一つ。母親は男の子を抱え上げると、店の外へ歩を進めた。

僕もそれについて、その場をあとにしようとしたときだ。

男の子を抱っこしながら、ふっ、と母親の方がトイレに目をやった。

「あ」

一文字で表すならこの顔。

少しばかり口を開くと、まるで怒ったようにツカツカと自動ドアへと進む。そのまま店の外へ消えて行った。

最初からもう店を出る気だったのかは知らないが、小さな理由で止めにするほどの人間には見えなかった。

親子そろってなにを見たのか?

しばらくトイレを見つめたが、僕にはなにも感じなかった。

「負けた人には見えるらしいよ~。あと、ガキ? そういうの敏感らしいから」

凶器のような爪を念入りに手入れしながら、当時の同僚の女が言っていた。

パチンコで首をくくった人間がなにか警告をしているのだろうか。

だとすれば、その射幸心を満たせた人間にはそれが見えないのも無理はない。

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