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奇形 - あやふやなヒト

いくら奇麗事を並べたところで普通、奇妙なものに視線を奪われたり、善し悪しはべつにして特別な感情を抱く。

電車にゆられているとき、通勤ラッシュで車内に大量の人がなだれ込んできた。

大型の駅ともなれば、大都会東京の比でなくてそれなりにゴッタ返す。

押しやられて窓際にいると、前に立ったのは背筋を伸ばして朝から笑顔もスーツ姿もぱっしりと決まったいかにも紳士なご老人。

が、額の右側に違和感を感じた。

大きなコブに鏡餅のごとく、段を重ねた小さなコブが幾重にも連なっている。

(そういう病気だろうか……)

あまり見ては失礼だと思いながらも、目は釘付けになった。

ふっ、とその男性と目が合い、こちらは視線を逸らせずにいてもニコニコ笑っている。

ハタと気づいたように窓の外を眺め、本人はこういう場合、笑うように心がけているのかと思うとなんだか悪い気がして周りを見渡した。

周りの乗客に、その老紳士に注目している人は誰一人としていない。

自らの矮小を恥じていたら、電車が目的地に着いた。

老紳士も開く扉に足を向けたので降りるのかと思えば、奥にいる乗客が降りやすいよう気遣っているだけ。

よく出来た人だと感心しながら、僕は駅に降り立った。

「おい」

声の先、これでもかというぐらい激昂して僕をねめつけている老紳士がいた。

血管を浮き出たせ、額の鏡餅まで染め上がり、顔面は真っ赤になっている。

ーーえ……

言葉を詰まらせ、一瞬、目を伏せるともう老紳士はいなかった。

降り立った場所で突っ立ている僕を避けながら大勢が乗降し、電車は去った。

人と会い、用事は一時間程度で済んだ。駅を降りた土地にもう用はなかった。駅へ引き返していて交差点に差しかかる。

赤信号で足止めを喰らうと、向こうから信号を無視して小走りに渡ろうとする小学生ーーぐらいの男の子が見えた。

ここら辺りは、車通りが多いので危ない。気の荒いバスやタクシーのドライバーも多い。

……そんなことより、タバコを吸いながら走ってくる。

路上喫煙に罰金つきの条例をいち早く引いたうるさい地域で、明らかに児童にくくられる背格好の男児が、だ。

向こう側に警官が二人、立っていた。

(――気づいてないのか)

フードを目深にした赤いパーカーは、行き交う車にクラクション一つ鳴らされることなく僕の真横をさっそうと走り抜けた。

くゆらした煙が立ち消え、粘りつく溶けたカラメルのようなにおいが残った。

ーー音楽が鳴る。人々が一斉に歩を進める。

また、取り残されるように立ち尽くした僕は、しばらく動けないでいた。

おかしい。いくら治安があまりよろしくない地域とは言え、警官が見ている前であんな堂々と……

それに、タバコを押さえていた手に違和感を感じた。男児にしてはあまりに大きく、大人の手ともつかないーー

なにか水死体のようにブクブクと膨れ上がった手だった。



自宅の最寄り駅に着き、かかってきた電話に僕は駅近くのコンビニで足を止めていた。

通話していて、車イスの女性とそれを押す二人の男性が目に入る。

成熟した上半身に不釣合いな下半身ーー

あまりにか細いそれに、きっと産まれつき足が不自由なのだろうと感じた。片方ずつハンドルを握り、車イス押す男性たちは双子にも見える。

笑顔の三人を見て、兄弟か、三角関係か、と軽い妄想を繰り広げつつ通話を終えた。

三人の背中を見送ったとき。息を飲んだ。

車イスを押す二人の上半身が繋がっている。結合双生児のそれというよりは、割れた……分裂したような印象だった。

どこか景色が通り抜けていそうな、溶け込んでいそうな透けて見える感覚をその後ろ姿に覚える。瞬きした瞬間に、その姿を見失った。

「兄ちゃん、兄ちゃん」

生返事した僕のすぐかたわらに、作業着姿のオッサンが立っていた。

「久しぶりや、なんしてんねん?」

ニンマリ笑いながら言ったその人物は、かつての職場の先輩だった。

ーーお久しぶりです……

遅れて挨拶した僕に先輩は目を丸くしたあとで、作ったような笑顔を見せた。

「ボーっと突っ立ってからに、顔色悪いで。どないかしたんか?」

彼女がほかの男と歩いているのを見たのかと笑う先輩に、たった今見た車イスの件を話した。

「白昼夢っちゅうやつやな。どうせロクに寝てへんねやろ」

おかしな薬でもやってるんじゃないのか、お前ならやっていそうだ、先輩はそう一笑に伏した。

僕は、今日幾度となく不思議な光景に出会ったコト。それらが知らぬ間に消えてゆき見失うコトを言い訳のように説明したが、要領を得ない。

「シャブは大概にせーよ」

先輩は、僕の肩を叩き苦いような笑みを噛み殺した。作業着に染みついたタバコの残り香が、鼻をかすめる。

「なんかしら障害持った人ぐらいようさん(たくさん)いはるわ。な? せやろ? たまたまや」

そう言われれば、たまたま多く出くわしただけのような気もする。少しばかり思案して、そうですねと同調しかけて、

「でもな」

先輩が口を開いた。

「ワシの娘婿がなんや霊感があるとか言うて、それを商売にしとるんやけどな」

不可解な間ーー

「なんや幽霊て自分が死んだと気づいてないときは、えらいけったいな形で出てきよるらしいわ」

ーーそれは、どういう……

「例えば指やたら多いとか、一本少ないとか……手がえらい大きいとかな。とにかく、どっかおかしいんやと」

まぁ、気にすんな、軽く僕の肩を叩いてコンビニへ入って行く先輩を背中に感じ、僕は不安を覚えざるえなかった。

先輩に男児の手が大きかったコトは、話していない。

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