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転生 - 生まれ変わり

まだ実家住まいだったある日、兄が犬を連れて帰ってきた。

生きてんだか、死んでんだかーーもうヨボヨボで、汚いを通り越したメスのシーズーだった。

「どしたんよそれ? どうすんの!?」

わめき立てる母を無視した兄は風呂場にその犬を置いて、

「処分される寸前だった」

こちらを見もせずに、そう答えた。

確か家に来た時点でもう15歳になる老犬だった。当時、兄が勤めていた養犬所で一番の古参だという。

生まれてすぐ親元から引き離され、子供を産ますだけ産まされた売れ残り。

もう産めない、売れない、マスコットにもなれないで、虐げられ、殺傷処分を待つだけの日々。

あと三日ーー

Xデイが決まって、「殺すならくれ」と兄が半ば強引に引き取って来たらしい。

なんの相談もなしに……母は不満気だったが、連れてきたものは仕方がない。結局はここで飼うことを承諾した。

「どうせ一年もたん……べつに吠えもせんしええやろ」

今にして思えば兄の計画的犯行だったのかもしれない。デキちゃってから結婚のご挨拶作戦みたいなものだ。

僕はどうでもよかったし、母の許しさえあればいい。父は……まあ、はなから蚊帳の外だ。

「この子、名前なんやの?」

風呂場でしゃがみ込み、犬の目の前で立てた一本指を振っている母は、なんだかんだ嬉しそうだった。

「ない……」

「あらへんことないやろう、あんたなんて呼んでたんよ?」

怪訝そうに兄へ振り返った母に、

「13番」

兄は犬の首元を指した。

勝手にお座りしている犬の首輪には、黄色いタグに消えかけた彫り込みの数字が墨を入れていた。

「なに言うてんのアンタ? 意味分かれへん」

ぼやく理解力に乏しい典型的な関西のオバハン@耳悪いデスを、「適当に(名前)つけたら」と、兄は軽くあしらう。

「そやなあ、とりあえずアンタお風呂入れてもらわんと。ババチ、ババチィ(汚いの意)は」

そう言って母は腕まくりをし、犬の目の前で「ホイ! ホイ!」と手を叩きながらわけの分からない音頭を取り出した。

「そいつ、ほとんど見えてへんで」

兄は言うと、風呂入れといて、と一言つけ加えた。



結局、僕が風呂に入れたのだが、その犬は怯えるでも威嚇するでもなくーー時折、全身を振るって水しぶきを上げるだけで、されるがままだった。

「アーコちゃーん」

風呂から上がると、語尾に音符をつけた母が駆け寄ってきた。

……なんだ、そのけったいな名前。

呆れる僕からタオルにくるんだ犬を受け取った母は、まるで当たり前のように言った。

「だって女の子やろ? "子"やがな」

どうやら兄の名前を文字って〇〇子にしたらしい。

……安直すぎんだろ。どうせなら、ポチとかでええんとちゃうんか。かえってややこしい。

こうなると、もはや我が子の名前さえ適当につけたんじゃなかろうかと不安になってくる。モロ男女兼用だし。性別判明前から用意してたクサいし。

「なんでやのん!? アーコやがなアーコ!! なぁー?」

振り回されているアーコに反応はなかった。独創的センスによる命名は、お気に召すもクソもなかったようで……



はじめは犬用のケージに入れて、玄関の内側に置いていた。

が、母の「私も狭いトコ嫌い」という謎理論によって完全に室内犬化された。

大人しい犬で一日の大半を寝て過ごし、滅多に吠えることもなかった。

排泄も絶対に外でしか行わない。エサも、あまり口にしようとしなかった。

こうなることは見えていたが、母が一番可愛がり、母に一番なついた。

なんだかんだで少しづつ元気を取り戻していったアーコは、ようやく人にも慣れ、家族が呼べばヨタヨタと来るようになった。

それもつかの間、身体のいたる所に”しこり"のようなものができて以来、また元気を失くしてしまった。

しこりは悪性の腫瘍だった。転移を繰り返していて、薬で進行は遅らせることができても完治は難しいらしい。

結局アーコは、そのまま老衰で息を引き取った。

16歳。大往生だった。



母は大泣きしていたが、こればっかりはどうしようもない。動物霊園に埋めてもらい、しばらくは犬のいない生活に戻っていた。

「あんな思いするなら、もういらん」

母はそう言っていたが、しょぼくれた様子を見兼ねたのか兄がある日、また突然シーズーを連れて帰ってきた。

そのころすでに兄は養犬所を辞めていたので「どこで買ってきたのか?」聞くと、

「前のトコで安いのないか聞いたらコイツが出てきた」そう無愛想に答えた。

これまた、処分される寸前だったという。

産まれつき後ろ足が不自由で、鼻の穴も片方が小さく、毛並みもすこぶる悪い。到底、売り物にならないという理由だった。

二束三文。ポッキリ価格で、お値段三千円(返品不可)。

今度は生後間もないものだったが、ノークレムノーリターンでお願いしますなそいつは、元気は元気だった。

薄いボロ切れが数枚敷かれたダンボールの中で、ピーピー鳴いている。

「誰が世話みる思てんのよ!」

ダンボールから取り上げた母は、なんだかんだ喜ん……今度は、ガチ切れしていた。

「踏みつけてしまうで、こんな小さいの」

そう言いながら、母がダンボールに戻すとピーピー鳴く。

(狭いところが嫌なのか?)

思って、僕はダンボールから再度、取り上げて床の上に座らせた。

途端、鳴き止んだかと思えば、少し当たりを見回すと自由にならない足を引きずるようにしてチョコチョコ歩き出す。

やがて、閉め切った玄関へ向き直すと、そのままお座り状態になった。

ダンボールに入れては鳴く、ケージに入れても鳴く、外に出せば玄関をジッと見つめている。

「アーコちゃんの生まれ変わりや!」

なにを根拠に言っているのかわからないが、アーコはもう止めて欲しい。

もうポチでいいだろうと言うと、

「ポチ! ポチ!」

背後で手を叩く母を無視して、犬は玄関を見つめていた。

「アーコ!」

犬が振り返り母を見た。

しばらくして、また玄関に顔を戻したが、「ポチ」と呼ぼうが、「ハナコ」と呼ぼうが、一向に反応しないそいつはなぜか「アーコ」にだけ敏感に反応する。

「やっぱり生まれ変わりや!!」

母は騒がしく部屋の奥へ走ると、飾ってあった先代アーコの写真を持ち出して来た。

犬の目の前でちらつかせて見せたが、さすがに無反応だ。

それでも「アーコ」「アーちゃん」「アー」全てに反応したことで、あえなくそいつは二代目を襲名した。

徳を積めば畜生から人へ転生できるなる話を耳にしたことがあるが、よっぽど居心地が良かったのか、母がもうこれ以上子を産むことがないと判断したのか……

よりにもよって、また犬に生を受けたアーコはそれからスクスク育ち……過ぎて軽く10キロを超えてしまった。

どこの世界に丸刈りされた10キロ超のシーズーがおんねん……しかもメス。

まあ、少し、少しだけ魂であるとか、輪廻だとか、転生だとかーーそういった類を信じてみてもいいキッカケにはなった。

生まれ変わってでもありたいような居心地のいい場所なんざ、僕にはないが。

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